2017年緑高祭

今日は朝から山下公園近くの劇場に打ち合わせに出かける。
20系統のバスで帰るも山手駅でGREENDAKARAなるポスターを目にする。

清涼飲料水の新手のコピーかい?
7月1日2日、、。アララ、緑高祭のポスターじゃない!

毎年毎年、緑高祭梅雨の合間をぬって行われる。
息子が在籍していた3年間はなんとかお天気もった。

3年生の時はカラオケ大会で息子優勝。
最後に歌を(夏の終わり)歌っている頃に雨が降り始めた。

神は横浜緑ヶ丘高校を見放していない。

明日、明後日の横浜市中区の天気予報は曇り、時々雨。
だけれど、きっとお天気はもつ、その分今日景気よくふってくれ。

息子に知らせたくも息子は茨城に赴任中。
それに知らせなくても多分息子はもう情報は掴んでいる。

埼玉西武ライオンズの森慎二コーチ死去の知らせ、その日の夜遅く息子がメールで連絡してきた。
新聞記者というものはすばしこい。

すばしこいが新聞記者休日とてそうそうは赴任地離れるわけにはいかない。

今でも翠嵐高校との試合をするのだろうか?

行ってみたいが明日のわたしのスケジュール、朝これまた劇場の予約取り付けるために電話する。
次、正午まで仕事。

行くとしたら午後。
明後日、2日この日は明日の夜にならなきゃ都合つくかどうかはわからない。

確定しているのは15時から仕事。



わたしの手元には今でも2005年の緑高祭の冊子がある。
この時のコピーは「全緑疾走」~ひからびるまで走ってやる~

当時のタイムスケジュールだと、翠嵐高校との試合は日曜日の朝10時。
日曜の朝ならば行けるかもしれない。

緑高祭が終わると次の土曜日、神奈川県高校野球大会が始まる。
今年は七夕の翌日、長期予報によると曇り、6時間に2回程度のにわか雨(なんのことだ?!)
とりあえず土砂降りにはなりそうもない。

ガンバレ神奈川高校球児たち。

そして横浜緑ヶ丘高校初戦は12日大和引地台球場。
天気予報は曇り最高気温30°
この頃になれば梅雨はそろそろ明ける。

12日は水曜日、土曜日曜は休みではなくても水曜はわたしは休み、行くわよ。





2017年夏の大会

2017年、今年も夏がやってきた。
去年は甲子園にプレスとして行った息子も今年は甲子園には取材に行かないそうだ。

それでも夏はやってくる。
神奈川県、夏の大会の組み合わせはもう発表になっている。
開会式は7月8日土曜日、横浜スタジアム。
正午。

7月8日の長期予報は横浜地方は曇り、最高気温は29°雨よこの日は降らないでくれ。

土曜日午前は仕事あるけど、これなら行ける。
(*´∀`*)ほハマスタは近くていいわ。

開会式後の試合は高浜高校対南高校。
観戦しますよ。

そして、横浜緑ヶ丘高校の初戦は12日水曜日大和引地台球場、試合開始予定13時30分対戦相手茅ヶ崎西浜高校、強いんだろうか。
天気予報、曇りにわか雨雷雨になる可能性あり、、。

なな、なんだって!両日ともピカ天とはならないか、、。残念。
だが、雷雨になってもいいから試合中は降らないでくれ。

12日の最高気温の予報は27°、そりゃ涼しいな。

わたしはこの頃水曜日休み、行くわ。
場所、大和引地台球場って、ここ行ったことあるか?
あるはず、いや行った。

最寄り駅桜ヶ丘、どこだ?そこは?
まぁ、良いわ。行ったことあるはずなら再度行き着けるはず。
とにかく、駅までは1時間でたどり着けそうだ。

勝つんだ(´∀`)息子の後輩たち。

だがだ!
初戦突破した暁には、次なる戦いは、、。
16日日曜日、小田原だってガ━━(;゚Д゚)━━ン!!
日曜日の試合開始予定13時30分はわたし的にとても微妙なセン。

だがな。よりによって小田原球場か、、(;_;)

小田原にも行ったことがある。
1時間に1本の御殿場線に乗ってやっとのことでたどり着いた。

いいところですよ。とても。
でも遠い。
どれくらい遠いかというとメットライフドームより遠い。

16日の長期予報は曇りちょこっと晴れ、そしてにわか雨、雷雨。
何だよこれ、この頃にはいい加減に梅雨明けてくれよ。

小田原、、。行けるかな?
だがだ。

とにかく勝ち進めばまた次の試合がある。

今年も熱い夏がやってくる。
勝つんだ。息子の後輩たち。




仔猫と子供だった頃

今や大人となって家から出て、うちで一番の(たぶん)高給取りとなった息子もかつては小さな男の子だった。
そして、最早故猫となってしまったうちの初代ラッキーキャットのシーラ、その姉妹ちゃぴこも小さな仔猫だった。

子供も猫もすぐに大人になってしまう。寂しい。
息子、少年野球団に入る。
より早く、わたしたちがアパートに住んでいた頃、シーラとちゃぴこはやってきた。

そのアパート、今時には珍しく各部屋にベランダがあってそこに洗濯物を干す構造でなく、3階4階の住人は共同の洗濯物干し場、共有ベランダとでも言うべきか?
そこに洗濯物を干した。
布団も干した。ついでに子供プール持ち込んで使用済みの簡易プールも干した。

ベランダガーデニングもした。
夏場は横浜港の花火が見物できた。

なかなか出来た共同物干しであった。
ついでに飼い主に逃げられた猫たちの昼寝の場所も提供してた。

そんなん有りか?
って思います。たぶんNGだったんだろうけど、猫はやってきた。

そしてこのように
アル一家
背中を向けているのは白き大猫アル。
プランターに入っているのは左からサビ猫ちゃぴこ、白猫シーラ、そして一番右はお母さん猫バイカラーのぶっちゃん。

このあと、ちゃぴこ、シーラはうちの猫となり、アルとぶっちゃんはうちの2軒先の家に引き取られた。
世話をするブチこ
仔猫の世話をするぶっちゃん。

一族のうちに白猫クリストファーだけはいないが、孤高の猫、野生の猫と言われたクリストファーはこの頃から誇り高き猫らしく単独行動し新たなテリトリーの開発に旅立ってしまった。

確かにうちにクリストファーの写真が1枚だけあったので全力を上げて探し出しております。

だが野生の猫クリストファー一族とは最もつるまずに生きてはいたけれど、わたしたちに冷淡ということはけしてなく。
当時は息子は小さい子供だったのでチャリの後ろに子供座席をつけて乗せていた。

今のチャリ子供席のような立派なものではなかったが、一応装備していた。
その子供座席は昼も夜もクリストファーの寝場所となった。

猫は止まっているチャリ、バイクに乗るのが好きだがこの一族ではクリストファーが特化していた。
最も悪き猫として名が通ったのもクリストファー。

そしてある事件をきっかけに、アル、ぶっちゃん、シーラ、ちゃぴこたちとは違う波乱の猫生を辿り、とうとうクリストファー終の棲家にうちを選ぶ。




はじめての試合

猫が飼える家。そして息子少年野球チームに入る。
そのようにして、猫と少年野球の日々が始まった息子小学校1年生の夏、はじめての試合出場となった。

なんと、主力選手の5年生が体験学習で留守、この年ほとんどの主力は6年でなく5年。
1年生で野球チームに入って何ヶ月か、フライが捕れるかどうか極めて怪しい。(いや多分はまだ無理。)
息子も数合わせのため徴兵された。

しかも試合会場は本牧市民・臨海公園の運動場の野球グラウンド。
なんだ?そこは???!
立野小学校や柏葉公園で試合するんじゃないのか?

なんだか本格的な試合じゃあないか!大丈夫なのか?



わたしが少年野球の公式戦というのは未知との遭遇。
そして、本牧市民・臨海公園はバスに乗っていかなければたどり着かない。
ひとりでバスに乗れないことはないだろうけれど、そのような危険は犯すわけにはいかない。

わたしが付き添って行かなければ、そして少年野球の試合がどのようなものか是非とも見物しなければならない。
本牧市民・臨海公園
↑ここです。
海の近くにこのような施設があったとは、この時まで知りませんでした。
とても素敵な公園です。広い。

でもこの管理センターは確かに見覚えがあるのですが、野球場は雰囲気が違う。
昔は何面か取れてたような気がする。
もしかしたら違う公園だったのか?
でも確かに管理センターはここだった。あれから改修したのでしょう。

試合が終わったら公園内を見学して歩いても良いわ。
さて、試合が始まる。対戦相手は、忘れました。
で、主力ほとんど欠いたチームは残念なことに負けてしまい、息子試合に出るといってもちょこっと外野守った。
幸いに球は飛んでこなかった。

最後の方にバッターでも出る予定だったが、打順が回ってくる前に試合は終わり残念なことに打席には立てなかった。

小学生としては猛体力誇る息子。また中年女としても猛体力誇るわたしもはじめての公式戦に疲れ、公園見物は後日に譲りバスに乗って帰ってきました。
息子はバスの中で寝た。

あと何年かは試合に出ることはないだろうが、いずれは輝く少年野球の星となるのだ。
だが小学校は6年。
レギュラーになれるまでにはあと何年か?
小学生生活はまだまだ長い。




柏葉公園

猫たちをドードーと飼える環境は整い、野球少年となった息子は無事小学生となって立野小学校に通うようになった。
保護した当時小さな仔猫だった姉妹猫は大猫となり、とりわけサビ猫のちゃぴこは肥満猫になってしまった。

店子さんの猫さんたちとは仲がいいわけではないが、喧嘩もせずに平和な日々が続いたが、相変わらずアル、クリストファー、ぶっちゃんのもともとの飼い主の所在はつかめず、失踪したとのウワサすらあり。

だが、なんとアルとぶっちゃんは賢くも新たな飼い主しっかり見つけましたね。
クリストファーだけが野性化して新たなテリトリーを求めて旅立ってしまった。

息子は冗談みたいながらなかなか熱心に野球に取り組んでいた。
もっともこの頃の後の高校球児時代とは違って、YMCAの水泳教室に通っていたしサッカーもボールを持っていて公園でやっていた。
柏葉公園のグラウンド
↑このグラウンドは野球の試合や練習もしたけれど放課後サッカーの練習もしていた。

公園の注意書き
このようなポリシーのグラウンド、硬式球はNG。
朝行くとよく老人クラブの人たち?!がゲートボールに興じている。
周りは遊歩道になっていて桜の木の並木になっている。

あの駄犬がいた頃にはわたしはこちらを日々散歩した。

だが、高校生になるとサッカー野球はNG。

それはそうだろう、成長の過程を見ればわかる。
中学生、高校生となれば子供軟式野球が如何にヤワだったかよくわかる。

だが、この柏葉公園のグラウンド及びミッション系盲学校のグラウンドが小学生の軟式野球、サッカーOKだったので、毎日のように柏葉公園、盲学校、立野小学校の校庭で放課後過ごしてました。

柏葉公園はこの金網の貼ってあるグラウンドとは別に金網なしの桜の大木と藤棚まである小さなグラウンドもある。
児童公園
遊具のある児童公園もあり、ここでは赤ちゃんの頃から遊んでいた。
奥に見えるのはログハウス。

ログハウスは小学生までの利用。
だが、残念この建物が建った頃にはもう息子は小学生も高学年になっていた。(なのでわたしはよくわからない。今度取材してこよう。)

そんな猫たちと共に成長し、野球少年となった息子に小学1年生の夏休み早くも試合出場の声がかかったΣ(゚д゚lll)
外野手出場してもらうかも知れない?
フライ捕れるのか?

うちの息子は天才か?いやそんなわけではあるまい。
そのとうり、もっと大きな少年より上手だから試合に出るわけではなく、試合日程と5年生の体験学習(昔は林間学校と言った。)の日がバッティングして5年生のほぼ全員が出場不可となった。
たとえ、負けるのがわかっていても棄権するワケにはいかないので数合わせに1年生も出てもらうかも知れない。

息子初めての試合。
頑張るんだ(((o(*゚▽゚*)o)))