2017年を振り返って

2018年こそ良い年になりますように。
というのもわたし的にはどーにも2017年は厄続きの年であった。

その災難初めはうちの黒猫プクが敵猫に噛み付かれた。
猫の喧嘩の怪我も怪我どころがよければ?!消毒しときゃ治るんだろうけれど、アフォなプクは左前足の付け根を噛まれた。

当然足というものは動く、歩くたびに走るたびに動く。
足が動けば付け根は引っ張られたり縮んだりする。
したがって患部はいつまでもふさがらない。

プクの治療は困難を極め、動物病院で何針も縫った。
縫い縮めても猫が歩けばまだ傷は広がる。
人間ならば傷が塞がるまで神妙にしてろ。て言われりゃ、早く治りたけりゃ神妙にして患部を動かさないようにするだろうが、相手は猫だ。
プクの脳髄は傷と歩くことの相関関係が認識出来ないに違いなく(にゃんこの脳みそですから)やっと塞がったと思ったら、また傷が開いた。

そしてまた縫ってもらう。
わたしは雑巾から始まって、自分のスカートやブラウスくらいの縫い物はできるのだが、猫を縫う技術は残念ながら持ち合わせていない。
なので動物病院にて猫を縫うスキルのある人、つまりは獣医師のお世話にさんざんなった。

プクの体重は6.5キロ、けして小さな猫ではないイヤイヤなかなかどうして大猫といえる。
大猫のくせに喧嘩は弱い。

またうちは車がない。何故か1年半前に新聞記者になってしまった息子が赴任先に持って行って(転がしていって?)今や息子の所有、水戸ナンバーの車となっている。
車なき状況でバス、電車にて6.5キロの傷つける猫の病院通いをしたわたしはまずは初日へばって寝込みそうになった。
次回からは多少慣れたが、手提げ式のペットキャリーで6キロ以上もある猫をバスや電車で運搬するのはキビシイ。

うちは音楽教室を経営しているのだけれど、いい加減へばったわたしの教室の生徒の保護者の方からバックパック式のペットキャリー薦められた。

こんな感じのやつです。
うちのはこの写真より一回り大きいのを注文した。
担いで歩けば手提げよりはたいぶ楽にはなった。

この猫。喧嘩に負ける。が、今年のケチの付き始め。

次はわたしの熱中症。
わたしは元高校球児の母。暑さには強い。
だが、暑さに強くても熱中症にはなる時はなる。

7月読売ジャイアンツの三軍と栃木ゴールデンブレーブスの試合アリの情報を入手してジャイアンツ球場にすっ飛んで行った。(この頃はプクの怪我も完治)
冷たい飲み物は持参したものの!!なんとジャイアンツ球場入場無料でラッキー(*´∀`*)と、思ったのも束の間、売店がやってない。
売店でかき氷やガリガリ君が売ってると踏んで来たのにあら(´・∀・`)

それが水曜日、次の土曜日は夏の高校野球神奈川県大会の開会式ハマスタに行った。
ハマスタ名物のみかん氷を何故かこの日は食べなかった。

次の水曜日横浜緑ヶ丘高校対茅ヶ崎西浜高校の公式戦、大和引地台球場で行われる。
だが、なんとなんと!!その日はまたジャイアンツの三軍対栃木ゴールデンブレーブスの試合がジャイアンツ球場で行われる。
両方とも午後からの試合。

どっちにいったらいいんだええーー迷う。
午前中にジャイアンツ球場で入り待ちして午後大和引地台球場に行けばいい。
(*´∀`*)ほいい考えだな。

だが、なんだかだるい。夏風邪ひいたかいな。
なのでジャイアンツ球場の入り待ちは諦めて息子の後輩の試合を見に行く。

決定的にはどこでヤられたかはわからない。だが、熱中症になり夏を犠牲にして木枯らしが吹く頃になってやっと完全復調をわたしは果たし。

発表会の準備しなきゃ(^_^;)
のその時、ちゃちの様子がヘン。
ちゃちこよ(=ΦエΦ=) 風邪でもひいたか!

またまたバックパック式のペットキャリーを出して動物病院へ。
ちゃちこ腎臓の機能が弱まる。
当分、というか病猫として動物病院通いが日常となる。

動物病院から帰ってきてホッとするあまり、こんな猫相になったちゃちこ。
治療の甲斐あって元気になった。

だが、闘病は続く。猫サプリを飲む治療もするが、猫サプリは粉。
果たしてちゃちこ飲むことが出来るか?
飲むことがOKならば次のからサプリ使いましょう。とのことだったが、、。

ピュリナに混ぜたらあっさり一緒に食べちゃいました。
次の通院は金曜日、サプリ飲んで元気になろうねちゃちこ。

2018年がいい年になりますように。





我が名はSP

うちには3匹の猫がいる。
その中で最もデカく黒き猫プク。
この名は、わたしがうちのガーデニング用具入れの中で風邪をひいて震えていた可愛げのない顔をしてちっぽけな野良猫の仔猫を捕まえてうちの猫とすべく洗面所に閉じ込め友好の印としてモンプチ缶詰を与えた時、プチクロの省略形の名前としてモンプチ共々与えた。

だが、そのプチクロは大猫となった。
出来損ないのみっともない猫は見事、大黒猫としてうちの近辺に君臨した。
だが、最初の出来損ないと見極めたわたしの期待を?!裏切らず喧嘩は弱い。

3匹猫の中で1匹だけ外遊する。

わたしが外遊を許可するのにはワケがある。
プクには妹猫がいる。

プクが簡単に捕まりまんまとわたしの術中にハマったのとは違い妹はひどく用心深い。
臆病だとも言えるが、逃げ足は異様に早くアメブロにも書いたがさる文豪の言葉の如く、「人を見たら猫喰いと思え。」を座右の銘にしているに違いない。

プク猫の妹猫としてこの地に生誕してはや5年以上(正確に何年かは忘れた。)やっとわたしの手に落ちんとしている。
つまりはわたしを見ても逃げなくなり、食物をよこせ(ミョーん)と訴えるようになりわたしを給餌係と任命さえしつつある。

その名もSP。
息子が命名した。
シークレットポリスの省略形。黒いスーツを着たように見える柄が由来だ。

この猫さんがその妹猫SP。
超臆病猫なのにモデルを務めるは上手。

後ろ姿のポーズもキマっている。


このところ南関東晴天続きなので転がる。
埃まみれとなる誇り高き猫SP。

1週間ばかり前抱き上げるの成功するも逃走。それ以来、ご飯を食べるとさっさと退散するようになってしまった・゜・(ノД`)・゜・
SPを我がものにするにはまだしばらく時間がかかりそうだ。


こちらは通院中のうちの箱入り猫のちゃちこ。
モデルを務めるのは苦手。




お引越し

スタジオラッキーキャットの屋号は、うちの初代ラッキーキャット、シーラに因んでいる。
2006年、その頃息子が高校を卒業して自動的にわたしも高校球児の母を卒業。

野球ロスと空の巣症候群に苦しみ、更にいろんな家庭の事情から音楽教室も演奏活動も休止中。
おとなしく専業主婦となって揺り椅子を買って窓の外の風景を楽しみつつ手芸でもしてこれからは余生と割り切って過ごそうか?

と、考えていたその時、ホームページ制作をビジネスにしよう。とのプロポーザルをさる方から受ける。
何故かわたしはホームページを作ることが出来る。
そうか!?それは面白そうじゃないか?

( ̄^ ̄)ゞでは、屋号を考えてドメインを取ろう。
当時はうちには白猫シーラと白茶猫ちゃちこが在籍。

そこでうちのおじさん、ちゃちこを指差してこういう猫英語でなんて言うんだ。comドメインとるんだったら英語のほうが収まりがいい。
ちゃちみたいな猫は多分ジンジャーキャットって言うんじゃないか?

だが、それならシーラの方を屋号にしなきゃ、シーラの方が先輩猫なんだから、、。
シーラは白猫だからミルキーキャットって言うんだろうか?でもなんだか風俗店みたいじゃない。

そうよ。シーラは金眼銀眼なんだからラッキーキャットがいい。
福猫舎や笑福猫舎みたいな屋号もいいけれど、英文字のドメインならばラッキーキャットがいい。

だがだが、ラッキーキャットドットコムは既にアメリカのアジアン雑貨(招き猫を売っている。やるもんだ。)のお店が取得済み。
でも、スタジオラッキーキャットは空いていた。



これで準備は整った。宣伝用のサイトを作ってあとはお友達に営業してもらおう(*´∀`*)

ところがΣ(゚д゚lll)そのお友達。「あれもう、将来性ないみたい。やめるわ。引越しするし。」
あのなー。わたし営業出来ないよ。

そのように取得してしばらくはホームページ制作でウェブの海を漂い、更にはブログまで作ったのだが、、。
当然、商売になんかなりません。ある意味、お友達の主張は正しかったのであろう。

気を取り直して、音楽教室が再開出来そうだったのでまた別口のサイトを制作して長年慣れ親しんだピアノレッスンをするもスタジオラッキーキャットはほおったまま。
ドメイン手放してここは閉鎖しようか?とも思ったのですがわたしはスタジオラッキーキャットの屋号がいたく気に入ってしまった。

なのでブログで息子自慢することにした。
だが、もう10年以上前の高校球児物語はすぐさまネタ切れ。

それに、なんで(?_?)高校球児物語が猫日和なんだ?なんかへん?!
変なのは正せばいい。

高校球児時代のことはそのままとして、せっかくの猫日和で今はデジカメもあるし現役猫にも不自由はしていない。
猫日和は現役猫さんたちのブログにしよう。

引越しだ。
何が引越しかというと、例によって例のごとくアメブロにわたしは猫たちのこともネタ投下している。

だが、アメブロのわたしのテーマは野球観戦。
なので、アメブロの方は野球に特化してここは猫に特化する。

いいじゃない。
そして、スタジオラッキーキャットのホームページのほうは、そろそろ始めようとしている演奏活動の告知サイトにしよう。
明日からか、もしくはそれ以降生まれ変わる猫日和です。





犬と猫の攻防

犬と猫は違う。
どう違うかって、全然違うのだけれど、まずは犬は散歩に行く。
わたしが両親から譲り受けた駄犬は食い意地ははってなかったけれど散歩意地ははっていて散歩が無闇と好きだった。

それは良い。゚+.(*`・∀・´*)゚+.゚良い!
散歩ならわたしだって好きだ。
つまりは駄犬とわたしは趣味が一致していたのだ。

次、猫は狂猫予防注射は義務ではないが、犬は必ず狂犬病の予防注射は受ける。
駄犬コロが情けなくも注射を恐れて泣き喚いて笑いものにされたことはこのブログで発表したが、何故か不思議なことに猫はさほど注射を恐れない。

初代ラッキーキャットのシーラが老衰でこの世を去り、ちび猫から大人猫となったちゃちこと駄犬コロとわたしたち家族で平和に暮らしていた頃、またもやコロ公にとってはその平和は打ち破られる。
冬の寒い日、わたしが園芸用具入れにしていた外置きの棚のカラ植木鉢にこのあたりをテリトリーとしている黒猫一族のお兄さん猫と、その年に生まれた仔猫が2匹でうずくまっていた。

この一族は人には心を許さない。
だが、近辺の家の軒下と空家をねぐらとしてかくも長く権勢を誇っていた。

もう成猫のお兄さんはとにかく仔猫の様子がおかしい。
おかしいはずだわ。ひどい風邪をひいているじゃないか?!
このまんまじゃ死んでしまうよ。黒猫の仔猫。

わたしは弱りがちな黒い仔猫を捕まえ、動物病院へGo!
うちで匿い、猫はちゃちこ1匹となっていたところなので里子には出さずにうちの猫とすることにした。
心配のあまりにお兄さん猫もうちにやっきたが、仔猫回復を見届けまたふらりと外出してそのまま再び地域猫になってしまった。



だがその仔猫、残念!!あまり可愛くなかった。
それだけでない。
ちび猫の分際で駄犬コロ公を襲うのだ。

コロ公を殴る。鼻先に手(前足)を出す。椅子とテーブルの隙間からコロを嘲笑う。
駄犬め~ここまで来てみろ、カカカッ!
人間語に翻訳するとそのような雰囲気のにゃー声を出してコロを挑発。

おとなしいちゃちこともう大人になった息子との平和な暮らしは打ち破られ、またもコロ、プクと名づけた黒猫の仔猫にいたぶられて哀れな鳴き声を放つハメとなる。





チャコ物語

息子が小学校の3,4年生の頃、うちに不思議な猫がやって来た。
その頃の内近辺のレギュラー猫、アル、クリストファー、ぶっちゃん。その下の世代のうちのシーラとちゃぴこ。はたまたその頃うちの猫になったクリストファー。

この猫たちとは血縁があるとは思えない。
白地に茶色の縞の大きな猫で、冬の寒いの朝みかけるようになって、うちの前の駐車場でランニング中に一息ついている少年とよく一緒にいた。

やがて、日当たりのいいうちの屋根の上やクーラーの室外機の上で昼寝するようになって、どうもこの猫は家なき猫ならしい。
冬場、寒くてかわいそうなのでうちの庇の下の雨風のあたらぬ場所に生協に返しそこねた箱の中に古いセーターを敷き詰めた物を設置しておいたら夜や天候の悪い日はそこで過ごすようになった。

普通、この手の地域猫というか野良猫は手懐けるのに時間を要する。
だが、この白茶猫は途轍もなく人懐こい猫で愛想よく、だからこそどこかの家で飼われている猫だと思っていた。

とうとう出自は分からずじまいだったのだけれど、近所事情に詳しい人の話を総合すると。
この猫、うちから5メートルばかり離れたマンションのベランダに住み着いた猫で、そのお宅で買われていた小型犬3匹と一緒にご飯を食べていたものの、そのマンションは建て替えで消滅。
そのマンションのおじさんも犬3匹も何処かに行ってしまった。

どうも、その時に行き場を失いうちの前の駐車場を彷徨っていたらしい。

アパート前をパトロール中のチャコ
当時うちの隣だったアパートの前を見回り中のチャコ。
このようなしっぽの長い猫だった。

チャコという名については特別に命名したわけではない。駐車場をジョギング少年と佇んでいた頃は何処かの飼い猫でそのうちに家に帰るだろうと思っていたので、茶ネコさんと呼んでいたのだ。

茶猫さんがつまってチャコになってそのまま名前になってしまった。

このチャコが生協の箱をねぐらとしてから、うちの猫になるのにはそうは時間はかからなかった。
だが、このチャコ人には超愛想のいい猫ながらうちの象徴的猫のシーラとちゃぴことはスゴーク仲は悪かった。
とりわけ、癇癪持ち猫のシーラはチャコを嫌いチャコを見かけるとヒステリーを起こすことも度々。

クリストファーは無視を決め込みシーラはヒステリー、ちゃぴこは怯える。
日向で寛ぐシーラとちゃぴこ
シーラとちゃぴこの姉妹は仲良し。

だが、このような状況を打開すべく救世主が現れたヽ(*´∀`)ノ
チャコを是非引き取りたい。人が現れたのだ。

理由はこうだ。
チャコそっくりの猫が行方不明、懸命に行方を探しているが未だ発見に至らず。
その途上にチャコを見かけた。
なのでこれは何かのご縁、この猫ください。

と、チャコ車で去っていった。
寂しい気はしたが、これでいいのだ。
あまりにシーラ、ちゃぴこ、クリストファーと仲が悪すぎる(つд⊂)

あんなに懸命に不明猫を探している人なのだから愛想のいいチャコは可愛がられて幸せになるであろう、、。
と感慨に耽ったのも束の間(正確には1時間も持たなかった。)

チャコ帰ってきた!
やっぱりこの猫お返しします。

理由はこう。
チャコ、車の中でも散々狼藉を働き暴れまくった。
更に家に入るやいなや牙を剥き(あのチャコが!??本当か?)家中を引っ掻いて、飛び回って物を叩き壊し、ここから出せギャオーと主張してどんなに宥めても欲求を引っ込めなかった。

チャコよ。そんなにヒステリーシーラ及び仲間はずれにする猫どもがいるこの家がいいのか?
わかったよ。
しぬまでここにいればいい。

椅子の上でポーズするチャコ
すっかりうちの猫になったチャコ。

夏、あまりの暑さに伸びているチャコ
夏の日のチャコ。

だが、この美しい白茶の毛並みとうちが大好き猫のチャコにも弱みがあった。
クリストファーもこの病で世を去ったが、チャコも腎臓、膀胱系が弱かった。

もっとも、これはクリストファー、チャコが野性生活をしていたためではない。
体質だ。
と、獣医先生に諭されたが、とにかくチャコは3回入院した。
入院するたびに病院の人気者になる可愛げのあるチャコであった。

なんで、引き取ってくれるっていう人のうちでそんなに暴れたんだい?

入院する度元気を取り戻し病を得てからも長くうちの猫として君臨した。

だが、不思議の猫チャコ、生年も享年も不明のまま。





犬セキュリティー

犬がうちにやってきてから幾歳月、犬を躾ける。
犬を不良犬から利口犬に変換させる。
わたしの努力と苦労は果たして報われたか??

犬散歩代行、犬の学校のお世話にはなったもの、いくらかマシになったような気もするが労力とかけた金の割には行儀が悪いままだったような気もする。

だが、駄犬と言われたコロもすっかりウチの犬となり、近隣では結構な人気犬にさえなったので、多少の行儀の悪さは良しとしよう。

高校球児の息子が高校卒業の頃、うちは老朽化した家を取り壊し新たな家建設を計画。

だが、家の建て替えとはその家の建設中はどこか別の家に住まなければならない。
うちはサビ猫ちゃぴこが病死して以来、生き残った白猫シーラと仔猫ちゃちがいる。

したがって猫2匹。+コロ公つまり犬1匹。
この条件で仮住まいを探そう。
いろんな人に相談したが、、。

成せば成る。そうだ。
そこでわたしは格好の物件を探し出した。
本郷町3丁目にある。犬猫OKただし条件は短期貸し。
つまりたいていのことはオッケーだけど、長く居座られるのは困る。

そのような条件の古く大変シブい一軒家を借りた。
シーラは老いぼれて大人しいし、拾ったばかりの仔猫ちゃちは臆病なので家から出るような無謀な真似はしない。





困ったはまたもコロ公。さて、どこに繋いでどこに犬小屋置こうか。
だが、これもまもなく解決、隣の食堂のおじさんがいい人だったのでその隣の食堂とわたしたちが借りた家の間に犬小屋を置かせてもらってコロもそこで生活した。

あと半年で新しい家が出来る。((o(´∀`)o))ワクワク
仮住まいで一夏過ごしたら秋風が吹く頃再度引越し。

仮住まいからは港の見える丘公園まで徒歩圏でよく散歩に行った。
桜の花が咲く頃、やってきた仮住まいから秋風吹く頃元の地所、だが上モノは新たな家に戻る。

新たな家は息子の身長にあわせたゲージの家。
そして、なんとまぁ(@゜Д゜@;

セキュリティ装置が付いている。
この装置、月々5000円で有事には警備、警察がすっ飛んできてくれるシステムになるそうなのだが、、。

これはお断りしました。
(@^▽^@)ハハハ、うちは立派なセキュリティもとから装備してるのよ。

その名も犬セキュリティ。
アナログながらもシステムに負けない立派なセキュリティ。

犬セキュリティを突破してうちに潜入しようとする大胆なドロボーがいるとは思えない。
コロ公よ。
お前はやっぱり役に立つ犬だ。

少しくらい行儀悪くても構わないから番犬としての勤めを果たすのだ。

だけど、散歩中にドロボーさんがきたらどうすんの??

ってね。
そこまで心配してたらキリないわ。





クリストファー帰る!

柏葉公園の盆踊りの日傷ついたクリストファーを見かけて以来、クリストファーは姿を消した。
どうしたんだ!クリストファー。

まさか!((((;゚Д゚))))あの怪我が致命傷となってしまったのではないか?

どのタイミングで猫おばさんの知恵を借りたらいいか?

当時はまだスマホのようなモノはなく、パソコンすら普及していなかった。
そして、竹之丸周辺の有名な猫おばさんの電話番号をわたしは知らない。

スーパーその他の猫の里親探しのチラシが配布されていれば電話番号は書いてあるが、そんな時に限って里親を探す猫はいないようだ。

だが、きっと猫おばさんはクリストファーの消息を掴んでいる。
わたしのカンがそれを教えてくれている。

わたし、猫おばさんを訪ねる、、、、。
だが、、。
近所のアパートの玄関に見覚えのある白猫が、、。
クリストファーじゃないか(*≧∀≦*)

怪我も癒えてバカに大人しい猫になっている。
でも間違いなくクリストファーだ。

クリストファーうちに来るのだ。
元飼い主はクリストファー、アル、ぶっちゃんの3きょうだい猫を捨てたワケでなく事情があって失踪したのだ。(多分)

「クリストファーうちでご飯を食べよう。うちの猫になるんだ。」
クリストファーおとなしくわたしについてきて、うちでご飯を食べる。

わたしそのまま、猫おばさん住む豪邸を訪ねる。



わたしは猫おばさん住む豪邸を恐る恐る訪ねる。
猫おばさん在宅。ヽ(;▽;)ノ良かった。

やはり、クリストファーは深傷をおい入院をしていた。
すっかり良くはなったが、豪邸とはいえ猫の頭数がメいっぱいなので、猫おばさんが飼うわけにはいかない。

ならば、わたしがクリストファーはもらいます。
今まではクリストファーの飼い主が旅から帰ること期待していたが多分もう元飼い主は帰らない。
(おつとめしてるというウワサさえあるから、、。)

それ以来、クリストファーは改心して良い猫となって、喧嘩することも盗みを働くこともなくなった。
シーラちゃぴこと共にうちがクリストファーの終の棲家となった。

だが、何故かクリストファーの写真だけはない。




クリストファー物語

息子が保育園児から小学生になって少年野球を始めた頃から、うちの猫となったシーラ、ちゃぴこの伯父さん猫に当たるクリストファーが、放浪の旅に出た。
とはいえ、わたしたちの家に来ないわけではない。

時々やってきて狼藉を働いた。

アル、ぶっちゃん、クリストファーの3兄弟猫の中で元の飼い主失踪の件もあり、クリストファーはグレてしまったのだ。

息子小学校入学の夏休み、わたしも息子もはじめての夏の少年野球の試合に出たり、プールに行ったりで夏を楽しんでいた。

そんなある日、アパートの植え込みの茂みに隠れたクリストファー緊張にしっぽが震えている。
クリストファー超大型オニヤンマを狙う。

だが、そこに現れたうちの息子より年長の少年の1団、捕虫網と虫かごを携帯。
クリストファー獲物を横取りされるのでは!?Σ(´∀`;)
のわたしの悪い予感は残念ながらあたり、少年たちに見事でっかいオニヤンマは横取りされた。

少年たちは横取りしたなんて思わないだろうが、クリストファー的には獲物を強奪された気分であろう。

クリスストファー絶望のにゃー声を発する。

クリストファー耐えるのだ。人生は理不尽、猫生だってそれに負けずに理不尽なことだってあるのであろう。

だが、飼い主に見捨てられたと思い込んでいたクリストファーは更なる傷を負い、とうとうグレてしまった。

テリトリーを広げて離れた場所でクリストファーを見かけることが多くなった。

今思うと不思議だが、アパートの駐車場に本物の鶏がいる鳥小屋があった。
小さめの鶏が約10羽飼われていたが、どのようなテクニックを弄したか?クリストファーは鶏を捕獲して食べてしまった(T_T)/~~
バーベキューの肉を盗んだ。
犬を追っていじめた。

わたしはクリストファーにうちの猫になることを提案したが却下され、放浪の旅に出てしまった。
時々、傷を負って元の飼い主のアパートに帰ってきていた。

そのような日々が続いた翌年の夏、わたしは息子と柏葉公園の夏祭りにでかけるところをクリストファーに出会う。
だが、クリストファー肉球に傷を負っていた。
クリストファー病院に行こう!

だが、クリストファー足を引きずって去っていく。
次見かけたら捕まえて病院に連れてったほうがいいね。
息子と話し合い。

もしかしたら、わたしだけの手には負えないかもしれない。
近辺で有名な猫おばさんに相談することを決意。





仔猫と子供だった頃

今や大人となって家から出て、うちで一番の(たぶん)高給取りとなった息子もかつては小さな男の子だった。
そして、最早故猫となってしまったうちの初代ラッキーキャットのシーラ、その姉妹ちゃぴこも小さな仔猫だった。

子供も猫もすぐに大人になってしまう。寂しい。
息子、少年野球団に入る。
より早く、わたしたちがアパートに住んでいた頃、シーラとちゃぴこはやってきた。

そのアパート、今時には珍しく各部屋にベランダがあってそこに洗濯物を干す構造でなく、3階4階の住人は共同の洗濯物干し場、共有ベランダとでも言うべきか?
そこに洗濯物を干した。
布団も干した。ついでに子供プール持ち込んで使用済みの簡易プールも干した。

ベランダガーデニングもした。
夏場は横浜港の花火が見物できた。

なかなか出来た共同物干しであった。
ついでに飼い主に逃げられた猫たちの昼寝の場所も提供してた。

そんなん有りか?
って思います。たぶんNGだったんだろうけど、猫はやってきた。

そしてこのように
アル一家
背中を向けているのは白き大猫アル。
プランターに入っているのは左からサビ猫ちゃぴこ、白猫シーラ、そして一番右はお母さん猫バイカラーのぶっちゃん。

このあと、ちゃぴこ、シーラはうちの猫となり、アルとぶっちゃんはうちの2軒先の家に引き取られた。
世話をするブチこ
仔猫の世話をするぶっちゃん。

一族のうちに白猫クリストファーだけはいないが、孤高の猫、野生の猫と言われたクリストファーはこの頃から誇り高き猫らしく単独行動し新たなテリトリーの開発に旅立ってしまった。

確かにうちにクリストファーの写真が1枚だけあったので全力を上げて探し出しております。

だが野生の猫クリストファー一族とは最もつるまずに生きてはいたけれど、わたしたちに冷淡ということはけしてなく。
当時は息子は小さい子供だったのでチャリの後ろに子供座席をつけて乗せていた。

今のチャリ子供席のような立派なものではなかったが、一応装備していた。
その子供座席は昼も夜もクリストファーの寝場所となった。

猫は止まっているチャリ、バイクに乗るのが好きだがこの一族ではクリストファーが特化していた。
最も悪き猫として名が通ったのもクリストファー。

そしてある事件をきっかけに、アル、ぶっちゃん、シーラ、ちゃぴこたちとは違う波乱の猫生を辿り、とうとうクリストファー終の棲家にうちを選ぶ。




柏葉公園

猫たちをドードーと飼える環境は整い、野球少年となった息子は無事小学生となって立野小学校に通うようになった。
保護した当時小さな仔猫だった姉妹猫は大猫となり、とりわけサビ猫のちゃぴこは肥満猫になってしまった。

店子さんの猫さんたちとは仲がいいわけではないが、喧嘩もせずに平和な日々が続いたが、相変わらずアル、クリストファー、ぶっちゃんのもともとの飼い主の所在はつかめず、失踪したとのウワサすらあり。

だが、なんとアルとぶっちゃんは賢くも新たな飼い主しっかり見つけましたね。
クリストファーだけが野性化して新たなテリトリーを求めて旅立ってしまった。

息子は冗談みたいながらなかなか熱心に野球に取り組んでいた。
もっともこの頃の後の高校球児時代とは違って、YMCAの水泳教室に通っていたしサッカーもボールを持っていて公園でやっていた。
柏葉公園のグラウンド
↑このグラウンドは野球の試合や練習もしたけれど放課後サッカーの練習もしていた。

公園の注意書き
このようなポリシーのグラウンド、硬式球はNG。
朝行くとよく老人クラブの人たち?!がゲートボールに興じている。
周りは遊歩道になっていて桜の木の並木になっている。

あの駄犬がいた頃にはわたしはこちらを日々散歩した。

だが、高校生になるとサッカー野球はNG。

それはそうだろう、成長の過程を見ればわかる。
中学生、高校生となれば子供軟式野球が如何にヤワだったかよくわかる。

だが、この柏葉公園のグラウンド及びミッション系盲学校のグラウンドが小学生の軟式野球、サッカーOKだったので、毎日のように柏葉公園、盲学校、立野小学校の校庭で放課後過ごしてました。

柏葉公園はこの金網の貼ってあるグラウンドとは別に金網なしの桜の大木と藤棚まである小さなグラウンドもある。
児童公園
遊具のある児童公園もあり、ここでは赤ちゃんの頃から遊んでいた。
奥に見えるのはログハウス。

ログハウスは小学生までの利用。
だが、残念この建物が建った頃にはもう息子は小学生も高学年になっていた。(なのでわたしはよくわからない。今度取材してこよう。)

そんな猫たちと共に成長し、野球少年となった息子に小学1年生の夏休み早くも試合出場の声がかかったΣ(゚д゚lll)
外野手出場してもらうかも知れない?
フライ捕れるのか?

うちの息子は天才か?いやそんなわけではあるまい。
そのとうり、もっと大きな少年より上手だから試合に出るわけではなく、試合日程と5年生の体験学習(昔は林間学校と言った。)の日がバッティングして5年生のほぼ全員が出場不可となった。
たとえ、負けるのがわかっていても棄権するワケにはいかないので数合わせに1年生も出てもらうかも知れない。

息子初めての試合。
頑張るんだ(((o(*゚▽゚*)o)))